地誌
鳥になってみると わかることがある
空がちかくなる
川のなかに足をひたしていると 音楽になる
手紙のように 地図を読む
わたしたちが読む地図には
国家がきめた線が引かれている
そこに暮らす人々の思惑とは別の、あるいは
権力がさし示す線
線を飛び越えたい
季節を旅するたんぽぽの綿毛のように
天国への道はふたつあってね
年月をかけて 階段をのぼる道
もうひとつは 一気に飛びのぼるん
雲が散り 虹がかかる
「次」ペテロが言った
顔に闇をたくわえた女がひとり
すすみでた
「サッチャーよ 地上の数々の悪行により
多くの人々が苦しんだ
よって お前は 地獄行きじゃ」
しばらくして
えんま様が天国の門にあらわれた
青ざめた声で
「ペテロよ 助けてくれ。あの鉄の女はなんだ」
鉄の女は言う
「天国とて例外にあらず、わたしは断固として天国の民営化をおこなう
まずは入札をうけつけ、天国の指定管理者制度を導入する」
やがて天国の民営化がはじまると
金はあるが こころのないものが
多く集まるようになった
天国と地獄の違いがわからなくなって
人々は さまよいはじめた
この天国計画都市の向こうに
人の住んでいない広大な土地が広がっていた
その土地のはずれには 鉄塔よりも大きい
大仏さまが住んでいた
天国の様子を寝そべってみていた大仏さまは
とつぜん筆をもって 大地に絵を描きはじめた
大仏さまのまわりは みるみる緑にそまり
霊験あらたかな森になった
何を思ったのか大仏さまは
やおら立ち上がると のしのし
筆をもって 山の向こうへ歩きだした
さまざまな絵を描いたという大仏さまの伝説は
いまも各地で語り継がれている
地図には 地誌という詩が書き添えられて
地図と呼ばれた
わたしたちもまた 身長の何倍もある大きな紙に
絵のような地図を描き
誰かとお茶を飲み
疲れて 地図のうえで眠った
ときどき 紫陽花に涙のような雨粒をみつける
鳥だったことも忘れて
アンコになったよ
働く人は 地面を潜る
よどみの底から 見上げる毎日
すり減った靴底ばかり みえてくる
引きずる足 誰の足か 哀しみか 分からないほどに
地図のうえに 一本の木が 風のなかに
立っていた 千年二千年
遠いまちのこと 風邪の治し方
海の底のアンコのこと
生まれたり 死んだりして
陽がさして 濃くなる影の夢のなかに
朝4時に水汲みにいくこどもたち
露のひかる牧場の草
車庫から始発電車がでていく
やかんに水をいれて 火をつける
カーテンをあける
屋根に 鳥がとまる
山のなかに 道をつくったよ
岩を転がし 道なき道を突き進め
ラッパの音にあわせて 歩いた
どこへ行くのか それより 歩きつづけること
頁をめくるように
ふっと ふりかえる
岩陰から 歌声がした
髪のみじかい少女が
ひとりで歌をうたっていた
聴いたことのない言葉の歌は
木々の葉擦れの音と重なり 鳥も歌い
地図の紙片が歌うように流れていく
わたしたちもいっしょに 歌いはじめた
みんな違う歌詞で ときどき 原石のような言葉で
ミシシッピー 川の名だ
生駒 山の名だ